三月の穂谷は、小雨まじりのひんやりとした空気に包まれていました。
前日の雨を含んだ土のにおいと、しっとりと濡れた木々の気配が、この場所に息づく自然の豊かさを静かに伝えてくれます。
京阪電車「枚方市」駅前のロータリーから、京阪バスに揺られること、およそ45分。
街なかの景色を抜けてたどり着いた先には、竹林やため池、雑木林が広がる、穂谷ならではの里山の風景がありました。

「おはようございます」
駐車場で出迎えてくださったのは、「枚方里山の会・穂谷」の代表・石野恵市さん。やわらかな物腰の中に、この土地と自然に向き合ってきた人ならではの落ち着きが感じられる方でした。
今回は、里山の風景を支える日々の営みと、石野さんたちが未来へ手渡そうとしているものを伺いました。

山に入って見えてきた、穂谷の里山の豊かさ

山に入ると、空気が変わりました。ひんやりと冷たく、澄んでいる。
すぐそばには小川が流れていて、その音が静かな山の空気に溶け込んでいました。
地面から滲み出た水が、いくつもの谷で小川となり、一本に集まって、農業用の水として使われるのだそうです。
川ができる仕組みは知識としては知っていても、いざ目の当たりにすると感動しました。
足元の土や斜面の向こうにある風景が、水の流れを通して人の暮らしとつながっているのだと実感します。

山を歩いていると、食べられる植物がたくさんあることにも驚かされます。
「この苺は、摘んでジャムにして食べられます」
「この辺りには、蕗のとうが咲きます」
石野さんにそう教えてもらいながら歩いていると、まるで山全体が食べ物を保管する「蔵」のようにも感じられました。
「これは天ぷらにして食べました」と聞くだけで、季節の恵みがぐっと身近になります。

里山には、昔の棚田の跡も残っていました。
いまは荒れていますが、なんとなく形がわかります。もとは幕府が所有していた土地を、この周辺の人たちが耕していたのだとか。
何百年も昔、この場所で多くの人が農作業をしていた姿が思い浮かびました。
穂谷の里山にあるのは、ただの自然ではありません。
水が流れ、草木が育ち、そこに人の営みが重なってきた風景。その豊かさが、いまも静かに息づいていました。
「面白そうやな」から始まった、穂谷との関わり

石野さん自身は、もともと枚方の出身ではありません。
40年ほど前に市内の会社に勤めていたとき、枚方に住んでいたことがあったそうです。その後、各地で暮らし、再び関西に戻ってきて、いままた枚方で暮らしています。
「枚方は暮らしやすいですよ。緑もきれいで、街の大きさもほどよいし、病院も多い。生活するにはいい街だと思います」


石野さんがこの会に参加したきっかけは、枚方市が里山整備を担う人材を育てるために開いていた「里山学校」でした。
家でじっとしているより、何かできることをやってみたい。
「面白そうやな」と思って受講したことが、最初の一歩だったといいます。
無理なく関われるから、長く続いていく

会の立ち上げ当初から関わっているメンバーも多く、普段の作業日に集まるのは8〜10人ほど。
枚方市内の方が多いのかと思いきや、京都や兵庫県尼崎市、大阪市内、寝屋川市などから、電車やバスを乗り継いで来る方もいるそうです。

また、近年は少しずつ顔ぶれにも変化が出てきているそうです。
以前は定年退職後に参加する人が多かったものの、最近はホームページを見て40代、50代の人が訪れることも増えてきました。
働いている人や、学生もいるため、参加の仕方もさまざまです。月1回の人もいれば、年に数回という人もいる。
それでも石野さんは、「ここが好きやから来る、という人がいてくれるだけでありがたい」と話します。

「うちは自由ですから、お昼ご飯を食べに来るだけでもいいんです」
その言葉どおり、この場所には何かを強く求められるような空気がありません。作業をがんばる日があってもいいし、ただ人に会いに来る日があってもいい。
そのゆるやかさが、この会の魅力の一つなのだと思いました。
それぞれの手で守る、穂谷の里山

「厳しいルールは特にないんです」と話す石野さん。
会の活動日に合わせて各々が都合のいいときに来て、メンバーがそろったら山へ入るのだそうです。
その日に何をするかはだいたい決まっているものの、最終的にはそれぞれが自分でやりたいことを見つけて作業に取りかかります。
ただし、山に入るときには一つ大切な決まりがあります。会員が3人以上そろっていることです。
「万が一怪我をした場合、二人だと助けを呼んだり、一人で怪我人を担いだりすることはできませんから」
里山と言っても、山は山。
身近に感じられる場所であっても、自然のなかで活動する以上、安全への配慮は欠かせません。

この日も、会員のみなさんはそれぞれの持ち場で作業をしていました。
斜面を刈り取る人。竹を切る人。畑で菜の花を摘む人。じゃがいもを植える人。猪に破壊された小川を修繕する人。
みんなが思い思いに手を動かしています。
「大変なことはありますか?」と尋ねると、石野さんは「大変というより、楽しいことのほうが多いですね」と答えます。
ほかの会員の方も「みんな楽しくやっていますよ」と話してくれました。
土に触れ、緑を見て、体を動かす。そうした時間そのものが、日々のいいリフレッシュになっているようです。


取材中、石野さんは「なんでもやっていいよ」「まあ、好きにやってみなよ」と何度も口にしていました。
その言葉どおり、「枚方里山の会・穂谷」には、のんびりとした自由な空気が流れています。
ただ、その自由さは、独りよがりなものではありません。
外から来た人が山に入ることを、地元の人たちが最初から歓迎するとは限らない。勝手に何かされるのではないかと、警戒されることもあるからです。
石野さんは、活動の前提にある姿勢について、こう話してくれました。
「地元の方が最優先。やらせていただいているという格好でやってるんで、僕らがこの山の整備したってんねんという発想ではダメですよ。」
山に関わるとは、自然を相手にするだけではなく、その土地で暮らしてきた人たちへの敬意を持つことでもある。
そんな考え方が、言葉の端々から伝わってきました。

さらに石野さんは、「ボランティアは楽しくないとダメ」とも話します。
山の整備では木を切るなどの作業もありますが、作業ばかりではしんどくなる。だからこそ、あれこれ細かく言いすぎないことも、大事にしているのだそうです。
誰かが斜面を整え、誰かが竹を切り、誰かが水の流れを守る。その手仕事の積み重ねが、穂谷の里山を支えているのだと感じました。
まとめ|人の営みが、穂谷の風景を未来へつないでいく

午後になると、空模様が急に変わりました。
最初は通り雨かと思っていたものの、やがて雹が降り始め、雨脚も一気に強まっていきます。みるみるうちに地面はぬかるみ、小屋の外は白く煙るような景色になりました。
私たちは小屋の中で雨宿りをしながら、空を見上げていました。
大粒の雨が絶え間なく落ちていくのを見ているうちに、山の中で見た小川のことを思い出します。
この雨もまた土にしみ込み、やがて湧き出し、川となって人々の暮らしを支えていくのだろう。そんなことを自然に考えていました。
穂谷の里山で守られているのは、風景だけではありません。
自由に来て、できることをする。無理なく関わり続ける。そうした人の営みそのものが、この場所を未来へつないでいるのだと思いました。

枚方里山の会・穂谷の基本情報
| 設立 | 2005年7月13日 |
| 会員数 | 20名ほど |
| 活動場所 | 枚方市穂谷奥ノ谷周辺 (集合場所:穂谷4丁目・コスモス畑2筋目上の駐車場) |
| 活動日 | 水曜日および第1・第3土曜日/9:45集合~15:00解散 ※7月・8月はサマータイム制により8:45集合~12:00解散 |
| 活動内容 | 竹林・雑木林の整備、ビオトープの管理、生物・植物観察、畑での野菜づくり など |
| アクセス | 公共交通機関:京阪「枚方市」駅、JR「津田」駅、JR「長尾」駅から「穂谷行」バスで「穂谷」バス停下車、徒歩約5分。 自家用車:国道307号線から杉交差点を氷室方面へ。穂谷交差点を右折し、クレイン乗馬クラブ前を通過。コスモス畑の2本目の筋(ビニールハウス横)を上がると駐車場。 ※枚方里山の会の旗が目印。 |
| WEB | 枚方里山の会・穂谷 |
見学・入会案内
「枚方里山の会・穂谷」では、里山保全に関心のある方の見学や入会を受け付けています。活動日は決まっていますが、都合の合うときに参加する形でも関われるそうです。入会金はなく、年会費は1,000円。会費の中からボランティア保険にも加入しています。
※見学や入会の申込み方法、最新情報は公式サイトをご確認ください。
制作:社会事業開発ACTION
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